原作との出会い、突破口となったアイデア
中野量太監督の『浅田家!』(20)以来5年ぶりとなる新作映画『兄を持ち運べるサイズに』。その始まりは、とあるプロデューサーからの連絡だった。「 “面白い原作があるかやりませんか”と提案いただいたのが『兄の終い』でした。当時の僕は『浅田家!』の後はオリジナル作品をやりたい気分でしたが、拝読したら自分が今まで描いてきた路線の話で“これはやってみたい”と思い始めました。僕は、家族を亡くして遺された人がどう生きるかにフォーカスして、人間が一生懸命頑張る滑稽で愛おしい姿を映し出してきましたが、『兄の終い』にはまさにそれがあったのです。兄ちゃんが死んだのに笑っちゃうし、温かい気持ちになっている自分がいました」
とはいえ、ノンフィクションエッセイである原作を劇映画として成立させるには、もう一工夫が必要だとも感じていた。「一番の課題は“死んだ兄ちゃんをどう表現するか”でした。回想シーンで出すだけでは面白くないし、幽霊として出すのもありがちで違う。日々悩んでいたなかで“作家が頭の中で生み出した人物として出てくる”アイデアを思いつきました。これだったら新しい形にできるし、ビジュアルとして成立させられてちゃんとエンタメにできると光が見えましたね」
原作者・村井理子に取材して脚本をアップデート
『浅田家!』のときに実在する人物を描く楽しさを知ってしまったという中野監督。「本人に話を聞くと、もっと面白いエピソードが出てくる」と原作者の村井理子に取材を行い、実際のエピソードを脚本にどんどん盛り込んでいった。
「村井さんのお宅にお邪魔した際、キッチンに仕事場を作っていて“面白い家だな”と思い、映画でも真似させていただきました。そして、焼きそばのエピソードや、兄ちゃんと一緒に両親の職場に様子を見に行った想い出なども伺い、多少アレンジして採り入れています。強く覚えているのは、良一の下着のサイズが小さかったというエピソード。父親がそこに気づけないのはすごくリアルだと感じ、絶対に入れたいと思いました」
映画では、冒頭に理子の著作の序文として「支えであり、呪縛ではない」という言葉が登場する。作品全体を通すテーマといえるが、これも村井への取材の賜物だった。「村井さんは生前は本当に面倒くさくてたくさん迷惑をかけられたお兄さんのことを嬉しそうに話して下さって、 “本当の意味ではもう恨んでいないんだ。憎いんだけど愛していたんだな”とわかりました。と同時に、“村井さんにとって家族とは何ですか?”と聞いたら“わかりません”と仰っていて。僕なりに考えたときに、生きていたときは呪縛だったお兄さんの存在が、いまは支えに変わったのではないかと感じて、あの言葉が生まれました。僕自身は、たとえ言葉にされていなくても原作にそう書いてあったと思っています」
それぞれの思う兄と再会するクライマックスの舞台裏
原作と取材で得た要素を盛り込む一方で、「理子が頭の中で考える兄が登場する」アイデアを筆頭に、中野監督が思いついたシーンと融合させていった。「例えば、お骨上げで加奈子が良一の箸の持ち方を直そうとする場面です。6年間離れて暮らしていた負い目があるけれど、どうしても気になってしまう母親の姿を描きたいと思いました。また、新幹線で分骨するシーンもオリジナルです。『兄を持ち運べるサイズに』というタイトルにした以上は持ち運んで帰らないといけない、せっかくだから面白いシーンにしたいと考えました。村井さんが“映画は新しいものを生んでもらえたら”と受け入れてくれたからこそできたことなので、感謝しています。“原作通りにやって下さい”と言われたら、僕はがんじがらめにされて上手くいかなかったでしょうから」
その最たる例が、理子・加奈子・良一が思い思いの兄と再会するクライマックス。中野監督が「一番こだわった部分」という肝いりのシーンとなる。「本作の裏テーマとして、“どんな人”と一言で言えないのが人間の本質、というものがありました。付き合う人によって印象が変わるものだから、この人が良い人か悪い人かなんて一言で判断はできないと僕は思っています。加奈子のセリフで『もしかしたら、理子ちゃんには、あの人の知らないところがあるのかな』というものがありますが、三者三様の兄ちゃんの姿を絶対に描きたいと思っていたんです」
「柴咲さん・満島さん・姫乃ちゃん味元くんが想像以上に良い芝居をしてくれて、それを全て受け返すオダギリさんの凄さを再確認しました」と目を細める中野監督。「監督はしんどい仕事ですが、最初の観客になれる贅沢な立場でもあります。僕は“自分が感動しないものは人が観ても同じだろう”と思っているタイプなので、皆さんの素晴らしい芝居を観て心が震えたときに“これはいける!”と手ごたえを感じました。ちなみにこのシーンの撮影時に村井さんが現場に遊びに来てくれて、2人でうるうるしながら見守っていました」
映画版のタイトルに込めた想い
村井理子による原作は「兄の終い」だが、映画では『兄を持ち運べるサイズに』とタイトルが変更された。「『湯を沸かすほどの熱い愛』などもそうですが、映画を観た後に“そういうことか!”となるタイトルが僕は好きで、今回もインパクトのある作品名にできないかと考えていました。そんなとき、原作の帯に『兄を持ち運べるサイズにしてしまおう』という一節が引用されているのを見て“これだ!”と。作家さんにとってタイトルは本の顔ですから変えるのに勇気が要ったかと思いますが、村井さんは快く承諾してくださいました」
兄が亡くなり、お骨になった状態を表すと同時に、生前の兄に振り回され続けてきた妹の“早くコントロールできるようにしてしまいたい”という心情も感じられる作家・村井理子の文章表現に感銘を受けたと語る中野監督。「僕はこれまでの作品で6回くらい火葬シーンを登場させてきましたが、自分の中で非常にこだわりのある“火葬”という言葉をこう言いかえるんだ!と心に刺さりました。観ていただく方にとっても、どういうことだろう?と興味を持っていただける素晴らしい表現だと思います」
脚本に惹かれて柴咲コウ、満島ひかり、オダギリジョーがそろい踏み
主人公の理子役には、初タッグとなる柴咲コウにオファーした。「キャスティング段階で柴咲さんのお名前が挙がり、彼女が今まであまりやっていないタイプのキャラクターだから面白くなるはず、と思う反面で、未知数という意味で勝負した面はあります。柴咲さんは脚本を読んで“面白い”と快諾して下さり、村井さんを真似するわけではないけれど髪を切って眼鏡をかけるビジュアルにしたい、という要望も快諾して下さいました」。柴咲も積極的に村井本人と言葉を交わし、落とし込んでいったそう。「最初は母だけれど徐々に妹になってほしい」という中野監督のリクエストを見事に具現化していった。
相当な難役でもある兄役には、中野監督の商業デビュー作『湯を沸かすほどの熱い愛』でも組んだオダギリジョー。「オダギリさんは僕にとって、信頼度が高い方です。最初から、本当に面倒くさいのに愛嬌があって憎めない兄をやってほしいとご相談していました。と同時に、“そうじゃない”裏面を感じさせるお葬式のシーンでは振り切ってやってほしいと。本当に憎たらしく演じてくださって舌を巻きました」
「オダギリさんは毎テイク違うことをやってくるタイプなのに、今回は台本通りやってくれたんです」と明かす中野監督。「その理由を聞いたら、『面白いホンはちゃんとその通りにやるんです。面白くないときは何とかしなきゃと色々と試すけど、今回はその必要がないから』って。なんて素敵なことを言いやがるんだと嬉しかったです」。オダギリは本作に寄せたコメントで「中野監督がまた、傑作を作ってしまっています」と綴っており、相思相愛ぶりがうかがえる。
加奈子役の満島ひかりとも本作が初めてのコラボレーションとなったが、「この役は絶対にハマるはず」とオファー時から確信していたという。「満島さんはとてもこだわって取り組んでくれる方で、子どもたちとのコミュニケーションや村井さんをはじめとする方々への取材など、ご自身の方法論と照らし合わせながら参加して下さいました。こちらの想いに応えようとしてくれる姿勢が嬉しかったです」
『メゾン・ド・ヒミコ』で共演経験のある柴咲とオダギリ、2人を慕う満島は各々の空気感も相性が良く、絶妙なトライアングルを形成するに至った。
子どもたちを生き生きと演じた青山姫乃、味元耀大
柴咲コウ、オダギリジョー、満島ひかりというトップ俳優3人と正面から向き合い、名演を見せた若手2人にもご注目いただきたい。兄と加奈子の娘で、現在は母と暮らす満里奈役の青山姫乃、兄に引き取られた弟・良一役に起用された味元耀大だ。2人は共にオーディションで中野監督の目に留まり、抜てきされた。
「僕は等身大でナチュラルに作品世界に馴染む人が好き」と語る中野監督。nicola専属モデルの青山は本作が初映画となるが、経験値における不安を跳ねのけても彼女の起用を希望したという。「オーディションにはお芝居がとても上手い子も参加してくれて悩みはしましたし、プロデューサー陣も意見は割れていました。でも僕は、“この映画には彼女が必要。最終的に絶対に良くなる”と姫乃ちゃんに賭けました。その代わり、ある程度慣れた状態で撮影に臨めるように事前に満島さんたちと会っておやつを食べる時間を作ったり、加奈子に向けた手紙を書いてもらったりしてフォローはしたつもりです。姫乃ちゃん自身がとてもたくましい子で、現場でもすぐに満島さんと打ち解けて、楽しそうにおしゃべりしていました」
人気ドラマ「VIVANT」や「3000万」、映画『ふつうの子ども』『俺ではない炎上』に出演した味元との出会いでは「こんな子役がいるんだ」と驚かされたそう。「良一は物静かな子のためちょっと陰のある子役を探していたのですが、味元くんはその部分を持っているだけでなく、オーディションの時から自分のリズムで芝居をしていました。大体オーディションでは与えられたセリフを言うものですが、彼はその時点で自分自身の言葉にしようとしていたのです。とても珍しくて面白い逸材だと感じ、選びました」
5年間の恩恵。自身も親になった変化が与えた、新たな視点
「自分はポンポン新作を撮るタイプではないので、毎回新しいことに挑戦したい。かつ、作った映画がまた次の映画に繋がるようなアプローチをしてきたつもりです。妥協しようと思えばいくらでもできますが、細かい部分まで自分が納得するまでやろうと思って仕上げていきました」という中野監督。本作では『エゴイスト』や『空白』『カラオケ行こ!』で知られる作曲家・世武裕子や『THE FIRST SLAM DUNK』『ミーツ・ザ・ワールド』の編集技師・瀧田隆一ら初めて組むメンバーもいたが、「仕上げ作業はベタ付きで向き合いました」とこだわり抜いた。
また、本作は日本/フランス/中国の3カ国が共同出資。このグローバルな座組をもたらしたのも、中野監督の「挑戦が次の作品の礎になる」意識によるものだ。「とくにフランスでは『浅田家!』がヒットしたことで“中野監督の新作に出資したい”と言ってくださり、こちらを信じて自由に作らせてくださいました。とても有り難かったです」と感謝を述べる。順風満帆な道のりに思えるが、実は本作は当時のスタジオの全体的な方向転換により、脚本完成後に制作がストップしてしまう危機的状況に陥っていた。「急なことだったので本当に驚きましたが、脚本には自信があったため『浅田家!』の企画・プロデュースを務められた小川真司さんに“ここまでできているのですが、ご一緒出来ませんか”と相談しました。小川さんが快諾して下さり、そこから脚本をさらにブラッシュアップして、3年がかりで撮影に辿り着きました」。新たな製作・配給にはカルチュア・エンタテインメントが名乗りを上げ、再出発を果たしたのだという。
そうした意味では回り道も経験したといえるが、中野監督は思わぬギフトに恵まれたと明かした。「この5年の間に子どもが生まれて、子育てを経験したことが新しい引き出しをもたらしてくれました。今まで僕はどちらかといえば子どもの目線で映画を撮ってきましたが、本作では自分が知らなかった親目線の感覚が入ってきたように思います。劇中でも、妹の理子からしたらひどいと思っていた兄ちゃんは何とか頑張って息子の良一を育てようともしていましたよね。言葉では“親は自分を犠牲にしても無償の愛を子どもに注ぐ”とわかっていましたが、自分が親になったことでそれが本当だと知りました。今後に作る作品では、そうした親としての感覚が主流になっていく予感がしています」
📮映画の感想&あなたが今だからこそ家族や大切な人に伝えたいことを教えてください。
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🔻他の応募方法や詳細は公式サイトバナーから
https://www.culture-pub.jp/ani-movie/comment/
映画への期待などなんでもOKです。
ぜひご参加ください
10月31日(金)に
オダギリジョーさん、中野量太監督の舞台挨拶が決定
■10/31(金) 20:05開演 –
丸の内ピカデリー2
一般¥2000
学生¥1600
学生当日¥700(上映当日0:00~)
■11/02(日) 17:10開演
TOHOシネマズ 日比谷 スクリーン13
舞台挨拶はありません。
チケットは10月18日(土)14:00より発売開始
https://2025.tiff-jp.net/ja/lineup/film/38004GLS02
ガラ・セレクション部門に公式出品が決定している第38回東京国際映画祭の開幕式のレッドカーペットセレモニーに、柴咲コウ・満島ひかり・中野量太監督が参加します!
釜山国際映画祭ではまさに「泣き笑い」の観客があふれた本作が、東京国際映画祭の観客の反応に期待が高まります。
今後の続報にもぜひご注目ください!

夫と2人の息子と暮らし、翻訳家・エッセイストとしても活動する理子(柴咲コウ)の笑顔のショットや、“ダメ兄”らしくどこか抜けているけど、憎めない雰囲気をまとった兄(オダギリジョー)の姿、兄とは数年前に離婚し、シングルマザーとして娘・満里奈を育てる加奈子(満島ひかり)の揺るぎない強さを感じさせる姿などが収められている。
さらに、兄が亡くなる直前まで一緒に暮らしていた兄と加奈子の息子・良一(味元耀大)と理子が堤防で会話を交わすシーンや、理子と加奈子、そして兄と加奈子の娘・満里奈(青山姫乃)の3人で兄が生前暮らしていた家を訪ねる場面、ギターを背負って自転車で駆けていく兄の後姿なども解禁され、この作品ならではの温かくも切ない瞬間が映し出されている。
11月28日の公開に先駆け
全国で特別試写会を開催いたします!
ぜひご応募ください!
■ テレビ東京シネマガ試写会
10月21日(火)18:30開映
⏳応募締切:10/5(日)
詳細はこちら
https://www.tv-tokyo.co.jp/shishakai/smp/
■TOHOシネマズ 60劇場で開催
10月23日(木)18:30開映
⏳応募締切:10/9(木)
詳細はこちら
https://cp.cinecon.jp/tc/ani/
■ 報知新聞社
東京会場:10月22日(水)18:30開映
⏳応募締切:10/14(火)
仙台会場:10月29日(水)18:30開映
⏳応募締切:10/21(火)
詳細はこちら
https://www.hochi.co.jp/info/20251022to1029.html
■ローソン・ユナイテッドシネマ 29劇場で開催
10月30日(木)19:00開映
⏳応募締切:10/16(木)締切
©2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

